谷川岳 (1974.7.28〜29 山小屋素泊まり) 単独行
今から30年以上も前です。谷川岳は標高2000mに満たない山でありながら遭難者が後を絶たず「魔の谷川岳」と言われて有名でした。冬季 北西からの湿った雪を伴った季節風が日本三大岩場と言われている一の倉沢などの急峻な岩壁を東南側に作り上げました。それがクライマーの意欲をかきたてていたようで、転落事故が多発しました。最も有名なのが一の倉沢、そして更にマチガ沢、幽の沢。また天候急変の山でもあり絶壁からの転落ばかりではなく冬山の遭難も多かったようです。
現在では登る人が少なくなったのか、あるいは安全管理が行き届くようになったのか あまり遭難の話は聞きません。今の若い人にとっては魅力がなくなったのかもしれません。山へ出かけても若い人をは滅多に見なくなりました。昔の若者ばかりです(笑)。今の若者に合っていないのでしょうね。
一方では、土合口から標高1000mほどの天神平にロープウエィが敷かれていて、冬にはスキー場、夏にはハイキングコースとして一般の観光客が数多く訪れる観光名所ともなっています。そしてロープウエィ終点の天神平からは2時間余りの尾根道歩きで谷川岳山頂に立てます。面白い山です。

私も2000mにも満たない上越国境のこの”魔の谷川岳”に登って見たいと夏の2日間挑戦してみました。勿論ロッククライミングではなく縦走です。
全山縦走するには時間がないので、主峰の谷川岳から蓬峠へ至るコースです。万太郎山・仙の倉山・平標山への主脈縦走コースもありましたが、時間の関係から断念しました。マチガ沢から入る巌剛新道を登ることにしました。
横浜の自宅を朝の5時前に出発、新幹線のない当時 上越線で水上に着いたのが10時。そこから土合の登山口までバス。登り始めは11時過ぎでした。
湿っぽいどんよりとした曇り空で マチガ沢の下部の河原を歩き始めてまもなく小雨が降り始めました。
右の写真は、小雨に煙るマチガ沢上部です。この源頭が谷川岳の山頂 トマノ耳とオキノ耳になります。
マチガ沢の河原を歩いたあと沢からの樹林帯の中を2時間ほど登って西黒尾根に取り付きました。小雨降る中 それでなくとも湿っぽい樹林帯の中 ポンチョを被っていても外も内もびしょ濡れの状態でした。当時は、今のように良い登山衣類も雨具もなく普通のシャツにビニールのポンチョを頭から被っての登山でした。

尾根道は、高い樹木はなく岩道で胸突き八丁の急登の連続。まもなく雨も激しくなり、両手を使って慎重に登る。登っていく人は誰も居ない。そう言えば人気の山なのに登山口には誰もいなかった。下りの人が数組 急いで降りて来る。「頑張って!頂上はもうすぐですよ」と声をかけてくれる。この山は天候急変の山だ。真夏の午後は雷雨が多いので誰も今頃は登らないのだ、と今更ながら午後の登りを後悔する。
たたきつけるような雨になって来る。マチガ沢の谷の方で雷も鳴り出す。すぐ下の沢で凄まじい雷鳴。下での雷鳴は初めての体験。身に付けていた時計・ベルト等の金物を慌ててポケットへしまいこむ。氷河跡の一枚岩辺りで目の前の岩盤に落雷。火花が散ったようだ。思わず地面にひれ伏す。この時は もうダメかと思った。バケツをひっくり返したような滝のような雨に落雷。必死に一歩一歩両手を使って這い登る。落雷のたびに地べたにひれ伏す。もう全身びしょ濡れ。更に喉が渇いて来る。沢を登るのだから水場はどこにでもあるだろう と登山口で水を補給して来なかった。ポンチョに溜まった雨水を飲みながら、必死の登り。落雷のたびに「もう駄目かも知れない」と喘ぎ喘ぎ這い登り何とか肩の広場に辿り着く。ガイドタイムでは1時間20分ほどのところなのに、2時間もかかってしまった。でも無事に何とか肩の小屋に3時に辿り着けた。助かった。
今まで幾つか山に登って来ましたが、死ぬかと思うほどの体験は後にも先にもこの谷川岳だけです。尾根での雷は怖い。
肩の小屋は狭苦しく暗かったのですが、外の猛烈な雷雨に比べると天国。晩飯を食べて早々に寝る。外はまだ雷が鳴り響いていました。さすが”魔の谷川岳”。
翌朝4時に起きて外へ出て見ると幸い雨は上がっていたが、5m先も見えないほどの濃霧。朝飯を食べて5時に小屋を出る。出がけに小屋の後ろで「ザブザブ」と音がするので、覗いてみると小屋の脇に置いてある雨水を貯めておくドラム缶で若い男がジーパンを洗っている。こちらが見ているのが分かるとニヤッと笑う。ここは水がないので朝飯を作るときそのドラム缶から雨水を汲んで使ったのだ。「なんと言うことをするのだ!悪い奴だ」とその時はあまり思わず、何故か腹も立たず。そのまま無視して歩き始める。

深い霧のため 周囲の景色は何も見えず 仕方なくトマノ耳に立てられていた山頂標識だけを撮って一の倉岳へ歩き始めました。
山頂から西側は、東側とは違い緩やかな斜面が続き短い草に覆われてのどかなハイキングコース。西斜面と東斜面の違いの大きさに驚くばかり。白馬三山でも同じような違いがありましたが、冬場 日本海から水気を含んだ風が長い期間にこのような地形を作ったようです。
谷川岳山頂からは緩やかな尾根道。昨夜の雨で草が濡れているために登山靴もズボンもすぐにびしょ濡れ。一の倉岳へは1時間ほどで着く。霧が少しづつ晴れて来る。
下の写真は、一の倉岳からの万太郎山です。ようやくこの方面の雲も少しづつとれて来て写真が撮れるようになりました。次回この谷川岳に来るときは、万太郎山・仙の倉山・平標山の縦走を果たしたいと思いました。後方遥かに霞んで見えるのは苗場山かな?

一の倉岳から茂倉岳へは20分ほどの尾根道。雨水に濡れた草がやや煩わしいのを除けば快調な尾根歩きです。これは茂倉岳から霧が晴れかかって来た越後方面を撮ったものです。少し霞んでいますが、手前に大源太山・七つ小屋山(面白い名前ですね)と清水峠、その背後には巻機山かな?と思います。巻機山も一度は登って見たい山の一つでしたが、未だに行けていません。

気持ちの良い尾根歩き、茂倉岳からは下りで1時間ほどで武能岳。ようやく陽射しが出始めました。蓬峠に向かっての下りでは真下に土樽の駅が見えるほど晴れて来ました。地図を見ると丁度この真下を清水トンネルが通っているようです。
斜面にはピークは過ぎたとは言え ニッコウキスゲの群落。写真ではうまく撮れませんでしたが、ニッコウキスゲのこのような雄大な群落を見たのは初めてです。だーれもいない山道でこのようなため息の出るような景観を見れるとは…単独行はこういうときは、淋しいです。

武能岳から蓬峠までは、周りの景色を愉しみながらゆっくり降りても30分ほど。蓬峠も良いところ。蓬峠に着いたのが9時。時間的に余裕があるので30分ほど休憩をとる。初めて登山者に会う。挨拶程度で言葉は交わさず。
蓬峠からは、すぐに樹林帯の中の下り。高度が下がって来たせいか、風が流れなくなったせいか暑さがきつくなって来る。短パンとTシャツで降りるも汗がダラダラ。下りはあまり汗を掻かないのだが。真夏の陽射しが強くなって樹林帯の草いきれが凄い。靴の中に水が入り込んでビショビショ。ピチャピチャ音がするほど。濡れているせいか足の親指が痛くなる。芝倉沢出会いまで2時間弱。いよいよ真夏の陽射しがきつくなる。暑さと足の親指の痛みで疲れが増す。芝倉沢出会いで靴の中を拭いて靴下を履きかえる。
この写真は 遠くに一の倉岳・谷川岳方面、手前は武能岳だと思います。

芝倉沢出会い付近からの一の倉岳の壁?だと思います。

暑さと足の痛みでヘトヘトになりながら歩き続けました。これは幽の沢だったと思います。やや小さめの沢です。この辺に来ると道路も舗装されていたと思います。舗装道路を歩くと更に足の痛みが増して辛い歩きでした。

幽の沢出会いで写真を撮ったあとは、観光客もちらほらと歩き始めている遊歩道を土合のロープウェイ乗り場へ必死に歩き続け、昼過ぎにやっとの思いで到着。バスまで時間があったので奮発してタクシーで一気に水上駅へ。
この1泊2日の谷川岳山行は、谷川岳の怖さと素晴らしさを体験しました。山はやはり朝早く午前中ですね。その後谷川岳等近辺の山々を登る計画を立てましたが、とうとう未だ行けずじまいです。