八ヶ岳南部 (1975.4.30〜5.1 自炊小屋泊まり) 単独行
春山の恐ろしさを身を持って体験したのがこの八ヶ岳山行でした。
冬山については単独行では危険が多過ぎるので自重していましたが、平地では新緑まばゆい初夏でも山では残雪タップリの春山、
その恐ろしさがこの山行で厭というほど味わうこととなりました。
幾つかの山を登り初めて、登る苦労やアクシデント等ひどい目に会いながらも下山して1週間もすると、また無性に山へ行きたくなリます。
やはり山の持つ魅力(魔力?)にとり付かれてしまったのかも知れません。
計画では、朝早く自宅を出て 茅野・美濃戸を経て一日目は赤岳鉱泉小屋に泊まる。そして翌日は硫黄岳・横岳・赤岳を登りキレット小屋に泊まり、
翌日権現岳を登って編笠山を経て下山する予定でした。
1日目(4月30日)
横浜の自宅を早朝に出て新宿9時発の電車で茅野に着いたのは11時。天気はどんよりの曇り空。登山口である美濃戸に着いたのが午後の2時半。
赤岳鉱泉小屋までは急坂もないし危険な箇所もない道のはず、2時間ほどの行程で問題ないはず と出発。
歩き始めてまもなく小雨が降りだし最悪。夏の雨と違いこの時期の雨は冷たい。
冷たい雨が強くなったり弱くなったりと降り続き、霧も深くなって視界が10mもないほど。
登る人も降りて来る人もいない。道を間違えないように慎重に進む。
林道から細い登山道に入るとまだ残雪が多く、滑ったりぬかるんだりで歩きにくいことこの上なし。
歩くうちに雨はミゾレ混じりになる。気温も相当低くなって来た。途中登山道が雪で覆われて見失いそうになりながらも、
赤いリボンを必死になって探しそれを目当てに川沿いの道を進む。
夏の登山道と違うところに赤いリボンを付けているようで、雪のなかの藪こぎが多い。
ズボンの裾は泥んこのびしょ濡れ。2時間歩いても小屋が見えて来ない。
霧が深い上にそろそろ日も暮れそうになり、焦って来る。
果たして今歩いているところを進んでも大丈夫なのだろうか?道を間違えたのではないだろうか?と不安が募って来る。
「遭難」という言葉が頭の中をよぎる。磁石を持ってくれば良かったと今更ながら後悔する。
不安と寒さに闘いながらもあえぎあえぎ歩いてようやく鉱泉小屋が見えて来る。助かった。辺りが薄暗くなった夕方の5時にようやく辿り着く。
小屋は老朽化していて薄暗い。登山客は他に3人のプロらしいグループだけ。素泊まりの宿泊料金を聞くと
小屋の若い男が普通考えられる料金の4〜5倍の値段を言って来る。
ああ 温泉があるから高いのかな?と思ったが、
しかしすぐに隣に居たおばさんが「何を言っているの、そんなことを言うんじゃない」と言って 妥当な料金を言ってくれた。
どうなっているの?お客が少ないので足元を見て吹っかけて来たのかな?悪いやつだ。
オバサンは「風呂も湧いているからどうぞ」と言ってくれたが、あまりに疲れていたのと気分を害したので、
入らずに早々に飯を食べてシュラーフに潜り込む。
「とにかく助かった」という安堵感一杯。せっかくの鉱泉小屋 風呂へ入っておけば疲れも一気に取れたのにと後悔するが。
2日目(5月1日)
翌朝5時に起きる。前日の疲れもあってぐっすり寝込んだようだ。冷え込みが厳しくその寒さで目を覚ます。真冬のような寒さが身に沁みる。
気温は氷点下だ。小屋の周りは山に囲まれているために陽が射して来ないが、周りの山の稜線は朝日を浴びて輝いている。
横岳・硫黄岳・赤岳の眺めが素晴らしい。特に横岳の岩峰が眼前にそそり立って 凄い光景だ。
明るくなって来た6時過ぎに出発する。ザクザクと凍った雪の上を慎重に歩き始める。雪が意外と深い。
こんな残雪の多いところ一人で大丈夫かな?と 一人で硫黄岳目指して登り始める。樹林帯の登りのあと赤岩の頭からは展望が開ける。
雪がタップリ、それがガチガチに凍っている。アイゼンを持っていないので、足元に注意しながら凍った岩の道を登る。
ゆっくりゆっくりと足を運んで汗もかかずに1時間ほどで硫黄岳頂上(2760m)に到着。
広々とした山頂、ゴロゴロした石が一面を覆っていて ケルンが建っている。頂上の雪は風で飛んでしまったようで殆ど無い。
眺望は最高。八ヶ岳連峰はもとより南アルプスから御嶽・乗鞍も見える。素晴らしい眺め。昨日の苦労が吹っ飛ぶほどの絶景。
今まで夏山しか登ったことがないので、雪を被った峰々の荘厳さ・美しさに見とれる。
これは 目の前に迫る赤岳(2899m、左)と阿弥陀岳(2805m、右)です。写真の保存状態がよろしくなく、見苦しくて申し訳ありません
これは阿弥陀岳と後ろに左から南アルプスの北岳・甲斐駒・仙丈岳です。
これは天狗岳(右)と蓼科山(2530m)です。
写真を撮り終わり いよいよ岩峰鋭い横岳(2829m)です。
岩の間を慎重に進む。両側が切り立った断崖もあり 鎖につかまりながらゆっくりゆっくり全てを忘れて進むことに専念する。
これは途中から撮った主峰赤岳です。さすがに八ヶ岳の最高峰 盟主然とした品格を備えた山です。
背後に権現岳・編笠山と遠くに甲斐駒・仙丈です。
アップで。
横岳から2時間かかって10時半に赤岳頂上です。横岳では何も考えずに足を滑らせないよう、落っこちないように 無我夢中で歩きました。
赤岳頂上直下の急登は陽射しも出て来て、また行者小屋からの登山者も増えて来て まずまず快適な登りを愉しみました。
200mmの望遠で甲斐駒と仙丈岳を撮りました。いづれも雪がまだタップリです。
夏山も良いのですが、やはり雪を被った山は見ごたえがあります。冬山へ出かける人の気持ちが分かりました
赤岳から南アルプスの北岳・甲斐駒・仙丈等を背後に権現岳(2715m)と編笠山です。
これも写真が変色してしまいましたが、北岳です。
北アルプスのような岩峰鋭い山と違って南アルプスはおおらかでそしてなにより一つ一つの山が大きい。そして懐が深いです。
目の前の阿弥陀岳です。
昨夜泊まった赤岳鉱泉小屋です。周りは雪がタップリです。
とにかく主峰赤岳へ登りきったら ドッと疲れが出てきました。そして少し眩暈がする。昨日のミゾレの中の歩行で風邪をひいたのかも知れない。
権現岳への登山道へ来て見下ろすとキレット小屋が真下に見える。岩に腰を下ろして
このまま予定通り行こうか、一番短いコースで下山しようか迷いました。
1時間ほど頂上で考えた結果 これからキレット小屋までの下りも雪混じりの岩場を急降下しなければならず、
体調を考えると危なそうなので、諦めて下山することにしました。
勇気ある撤退です。
下山コースは真教寺尾根から牛首山を経て美しの森に下りるコース。これが最短コースです。
稜線から尾根への下りは急降下、雪がドッサリ。その雪も陽射しを受けて溶け出して登山道の石や岩が浮き上がっていて足元が危ない。
途中何度か大きな石ころを下へ転がしてしまう。誰も下に居ないはずだが、自分自身も危険極まりない。
腰まで浸かる腐れ雪の急降下を木の枝や笹の葉に掴まりながらやっとの思いで下りた後は、樹林帯の中のなだらかなところ。
ここも雪が腰まで浸かるほどの深さ。春の腐れ雪なので重く下半身がびしょ濡れになる。そして登山道が誰一人見えない。
4月も末だと言うのにこの雪の深さはどういうことだと悪態をつきながら、道のないなだらかな雪原を彷徨いました。
とにかく尾根からは降りないように注意して牛首山の頂上へ至るまで脛まで埋まる春の腐った雪の上を焦って歩きました。
残雪があるので水場はあるだろうと水筒に水をほんの少ししか入れた来なかった。
ところが水場はない、喉がカラカラ。 雪を食べると更に喉が渇くと分かっていながら我慢しきれずに雪を掬い取って食べました。
そしてやっとの思いで牛首山の頂上へ辿り着きました。助かった!
ここからは美しの森までは、残雪も少なく登山道も見える。ヤレヤレでした。
喉の渇きがどうしょうもなく くたびれた足と身体を鞭打って駆けるようにして下りました。
途中 山荘風の建物の傍を通ったとき、よほど頼み込んで水を飲ませてもらおうかと
思いましたが、もうすぐだと 我慢をして美しの森まで下りました。
草原に着くとハイキングの人達が来ていて 売店もあったので、そこで飲料水を買ってがぶ飲み ようやく人心地が着きました。
生き返った、とベンチに座って下の写真のように見える赤岳を眺めていると ハイキングの人が近づいて来て
「山に登って来られたのですが?」と声をかけてくれました。
「そうです、あの山です」とこの赤岳を指差しました。下りてしまえば これまでの苦労がウソのように感じられます。
でも この声をかけてくれた人は、私の泥まみれのズボンとすさんだ顔を見て どう思ったのでしょうか。
下の写真の左側の尾根から谷の雪がドッサリあるところを下りました。
冒頭にも書きましたが、春山の恐ろしさを十二分に堪能?した山行でした。
写真でも分かるように尾根道等風の当たるところは雪がありませんが、
一歩谷へ入るとドッサリの雪、それも水をタップリ含んだ重い雪です。
北海道育ちで年の半分は雪に閉ざされて暮らしていたので雪を甘く見ていたようです。
後日確認して見ると、真教寺尾根の上部は、急峻な崖で鎖場の連続、八ヶ岳のコースの中でも
難易度の高いコースだったようで、残雪タップリの時期に独りで、雪山装備を何一つ持たずに下り、
今更ながらよく無事帰還できたな、と思います。
このときの恐ろしさを教訓に、その後は春山へは一度も出かけていません。
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